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デザイナーのSophie Buhai(ソフィー・ブハイ)はニューヨークのParsons School of Designを卒業。Vena Cavaのクリエイティブディレクターを10年務めたのち、2015年から自身の名を冠したジュエリーブランドを展開。現在はロサンゼルスを拠点にハンドメイドのジュエリーコレクションを手がけています。ここ3シーズンにおいてはLemaire(ルメール)のコレクションジュエリーのデザインも手掛けています。自身のブランドをスタートさせて以降、VOGUEやニューヨークタイムズ、T.M le Mondeなど多くの媒体でとりあげられています。

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設立経緯

日本蛋白質科学会が設立されたのは2001年のことである。ヒトゲノムのドラフト配列が発表になったのが、ちょうど同じ2001年のはじめであった。生命科学研究はゲノム時代を迎え、そしてやがてポストゲノム時代とよばれるフェイズにはいっていくわけであるが、当時の背景について、本学会のウェブサイトに2016年6月まで掲載されていた「沿革」から引用する。

二十世紀後半は生物科学・生命科学が急速に進展し、蛋白質構造・機能の研究もますます盛んになってきている。蛋白質は生物体の構築はもとよりあらゆる生物機能に関して中心的役割を果たしている物質であるから、生物機能を理解し、人間が健康を維持していくためにも蛋白質の研究が多角的に盛んに進められている。1970年代に遺伝子 DNA の塩基配列順序を解析する方法が出現してからは遺伝子に含まれる蛋白質のアミノ酸配列に関する情報を読みとることが可能になったばかりか、特定のアミノ酸配列を持った蛋白質を人為的に手易く合成することが可能になった。この遺伝子工学・蛋白質工学という技術的進歩が生物科学・生命科学に与えた影響は計り知れない程大きい。

種々の生物の遺伝子全体を含むゲノムの全塩基配列を明らかにすることが世界的に大きな課題として取り上げられ、ヒトのゲノムの全配列を明らかにするヒト・ゲノムプロジェクトが国際的な協力のもとに急速に進められている。塩基の配列を知ることは生物体の機能の理解のための一つのステップであるが、その先に必要なことは個々の蛋白質が持つ特定の立体構造と性質を明らかにすることであり、また蛋白質同士や蛋白質と他物質との相互作用を解析することである。こうして、あらゆる生理作用や病気のよって来たるところを蛋白質分子のレベルで解明することは生物科学を進めるだけでなく、医学的問題の解決や生物生産や生体関連物質生産など応用的課題の解決に役立てることができる。

このような状態にある蛋白質科学の研究者が研究情報を交換し、研究環境を整えて研究を進展させるために一つの組織を結成することは至極当然の成り行きであった。これまでわが国では蛋白質構造討論会が毎年一回開催され、1999年には第50回を迎えた。一方、日本蛋白工学会は蛋白質科学者の集まりとして毎年年会を開催するほか、この分野の国際的交流にも務めてきた。1998年からはこの二つの学会が合同年会を持つようになった。また、文部省の科学研究費重点領域研究から出発した「タンパク質の立体構造構築原理」ワークショップが開催されていたが、1999年には上記合同年会と同時開催とし、2000年にはこの三つの集会が全く融合した形で合同年会を持つことになった。三つのグループに重複して参加している人も多いので三つのグループは年会だけでなく組織として一本化し、さらに関連の研究者達にも呼びかけて新たに蛋白質科学に関係のある研究者の集合体を構築しようという気運が盛り上がってきた。

こうした流れの中で日本蛋白質科学会はに日本蛋白工学会、蛋白質構造討論会、蛋白質立体構造構築原理研究会が母体となって発足した。

母体となった団体のなかで日本蛋白工学会が日本学術会議に登録された学会組織を持っていた為、日本蛋白工学会の改組改名という形で学術会議に届け出て、新しく日本蛋白質科学会がスタートしたが、実際には全く新しい学会が誕生したと受け取って頂きたい。

蛋白質科学の分野はゲノムプロジェクトの影響で急速に発展し、新世代を迎えようとしている。当学会は年会を通じ、若手研究者が構造から機能、新たな実験法から理論的計算、物理化学から生理機能に至るまで、世界的に著名な研究者の講義を聴く機会もあり、ポストゲノム時代における新しい世代の活躍を期待している。

さて、このような状態にある蛋白質科学の研究者が研究情報を交換し、研究環境を整えて研究を進展させるために一つの組織を結成することは至極当然の成り行きであった。これまでわが国ではタンパク質構造討論会が毎年一回開催され、1999年には第50回を迎えた。一方、日本蛋白工学会は蛋白質科学者の集まりとして毎年年会を開催するほか、この分野の国際的交流にも務めてきた。そこで、日本における蛋白質科学の纏まった組織を作ることをめざして、『蛋白質科学関係の学会組織を検討する委員会』が設けられ、1998年より、日本蛋白工学会とタンパク質構造討論会の合同年会が開催されるようになった。また、文部省の科学研究費重点領域研究から出発した「タンパク質の立体構造構築原理」ワークショップが開催されていたが、1999年には上記合同年会と同時開催とし、2000年にはこの三つの集会が全く融合した形で合同年会を持つことになった。三つのグループに重複して参加している人も多いので三つのグループは年会だけでなく組織として一本化し、さらに関連の研究者達にも呼びかけて新たに蛋白質科学に関係のある研究者の集合体を構築しようという気運が盛り上がってきた。「生体分子の構造に関する討論会」の流れを汲む「構造生物学シンポジウム」もこの流れに合流することとなる。こうした流れの中で、2000年6月の合同年会と並行して「日本蛋白質科学会設立準備委員会」が具体的な活動を開始し、日本蛋白質科学会はに発足した。なお、母体となった団体のなかで日本蛋白工学会が日本学術会議に登録された学会組織を持っていた為、日本蛋白工学会の改組改名という形で学術会議に届け出て、新しく日本蛋白質科学会がスタートしたが、実際には全く新しい学会が誕生したものと認識されていた。(本項文責 遠藤斗志也)

設立直後の時期

日本蛋白質科学会は、2001(平成13)年4月1日に発足し、【女子力も気分も上がる♡】シャネル CCロゴ ピアスは、月原冨武(阪大・蛋白研・教授)を年会長として大阪大学コンベンションセンターで開催された。一般講演(ポスター)365件、記念講演9件、シンポジウム3テーマ18件(内公募型1件)、ワークショップ8テーマ57件からなった。発足当時の会員数は約800件(正会員673件、正会員学生138件、賛助会員7件)であり、会員参加者700名、祝賀会参加者270名を想定したが、実際の年会参加者は967名、祝賀会参加者は322名の大盛会となった(キャビスパコア ヤーマン)。準備した要旨集の数が足らず、当日参加者88名(一般57名、学生31名)については、急きょ、要旨集なしの割引参加とした。米国に拠点をおく Protein Society との連携が重要と考え、第1回の年会には Protein Society 会長 Christopher Dobson 教授(Oxford Univ., UK)を招聘した。ところが、ご家族の急病により、Protein Society の副会長であった Nick Pace 教授(Texas Univ., USA)が代理で来日し、蛋白質立体構造の安定性に関する記念公演を行った。

KITH★Lax 小さめロゴ半袖Tシャツ 送関込みプラチナ ダイヤリング)。選挙の結果、三浦謹一郎氏が初代の会長に選出された。なお、役員の継続性から、理事の半数は平成15年3月まで、残りは平成16年3月までとした。

学会の発足当時は、理事会を頻繁に行った。第1回年会前の、年会期間中の6月2日に暫定理事会を行った。正式な理事会が発足してからは、10月24日(生化学会期間中)、12月22日、に行った。3月23日の理事会では、第2回の名古屋での年会とともに、既に Protein Society 会長 Dobson 教授から提案のあったジョイント・ミーティングを実現するものとして2004年度の国際会議が議論された。

2002(平成14)年度の第2年会は、郷通子(名古屋大学大学院理学研究科・教授)を年会長として、名古屋国際会議場で開催された。参加者は754名であり、発表件数は、シンポジウム3テーマ20件(内公募型1件)、ワークショップ8テーマ48件、一般講演(ポスター)304件、ランチョンセミナー11件からなった。第4回年会を2004年4月に、第1回環太平洋蛋白質科学国際会議(The 1st Pacific-Rim International Conference on Protein Science, PRICPS)を兼ねて行うことが決定された。同会議は日本学術会議との共同開催であり、組織委員会は、蛋白質科学会の役員が兼任した。

2003(平成15)年度の第3回年会は、稲垣冬彦(北海道大学大学院薬学研究科・教授)を年会長として、札幌コンベンションセンターで開催された。参加者は904名であり、発表件数は、シンポジウム2テーマ9件、ワークショップ14テーマ90件、一般講演(ポスター)360件、ランチョンセミナー11件18セミナーからなった。

2004(平成16)年度の第4回年会は、大島泰郎(東京薬科大学・教授)を年会長として、第1回PRICPSと合同の国際会議として、パシフィコ横浜で4月14–18日に開催された。第1回 PRICPS は、Protein Society との合同会議でもあった。メインテーマは、“New Approaches to Structure and Function of Proteins in Pacific Rim” であり、3つの記念講演、6件のシンポジウム、15件のワークショップ、それにポスターセッション(480件)やランチョンセミナーなどからなり、約900名(うち招聘者は100名)が参加して、極めて活発な発表と討論が行われた。特に第1回年会に来日を中止した Christopher Dobson 教授が参加して、蛋白質科学の国際連携の重要性を述べた。なお、第2回の PRICPS は2008年にオーストラリアのケアンズで開催され、会議の名称を Asia Pacific Protein Association(APPA)と変えて今日に継続して発展している(メゾンマルジェラ ジャパニーズ シンセティックレザー バッグ)。また、APPA の事務局は日本蛋白質科学会に置かれている。

2002–2004年度にかけての重要な活動として、男女共同参画ワーキンググループの発足がある。2003年度には「男女共同参画学協会連絡会」にも加盟して、蛋白質科学会として男女共同参画に積極的に取り組むこととなった。そして、発足から数年となり、会員数1000名の学会として、2004年の年会を、環太平洋蛋白質合同会議として開催するなど、国内外の蛋白質科学の振興に大きな貢献を果たすに至った。しかしながら、このような発展の最中、第1回環太平洋蛋白質科学国際会議の直後に、日本学会事務センターの預かり金流用問題、破産という前代未聞の事件が起こった。【ビッグセール】JIMMY CHOO FILIPA ウォレットStussy◆フランネル チェック キャップ 2色tew85

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蛋白質科学会は創設以来、学会の会計を文科省管轄下の学会事務センターに委託してきた。学会事務センターは約300におよぶ学会の会員業務(名簿管理、会費徴収、学会誌の配布)や学術集会の開催などを受け持っていたが、2004年7月初旬、即ち第1回環太平洋蛋白質科学国際会議(PRICPS:4月14日–18日)から 約3ヶ月後になって、訴訟問題が絡む財政危機問題が表面化した。この問題に関して、学会事務センターが行った民事再生法申し立ては東京地方裁判所によって却下され(8月9日)、同事務センターの破産が確定した。

詳細はSOPHIE BUHAI ゴールド Everyday クリスタル パール ピアスに譲るが、学会事務センターは東京と大阪に事務所を持ち、本学会は大阪事務所に業務を委託していた。東京と大阪では学会から委託された資金の運用の仕方が異なり、東京事務所では、学会ごとにそれぞれの口座を管理し、保証上限である1千万円を超えると、別の口座を開設して余剰分を移すという運用がなされていたが、大阪事務所ではすべての資金を「預かり金」として一括して運用していた。このことが災いして、本学会は蛋白合同年会(主として蛋白質構造討論会)と蛋白工学会から引き継いだ計約1千万円の資産をすべて失ってしまうこととなった。

文科省は関係諸学会の窮状を救うために年会開催の補助などを打ち出したが、その時点で蛋白質科学会はすでに年会を終了しており、その恩恵にあずかることができなかった。第1回 PRICPS の会計の締めが終わってからであったのは不幸中の幸いであった。

学会事務所は当座大島泰郎会長の研究室である東京薬科大学生命科学部大島研究室に移され、直ちに、理事会において次に業務を委託すべき会社についての検討が行われた。その結果、阪大蛋白研の関係者が内部事情もよく承知している株式会社ペプチド研究所の子会社である千里インターナショナルにお願いすることになった。千里インターナショナルはそれまでペプチド学会の業務を行うのみで、学会運営の活動を広げる計画はなかったが、蛋白質科学会ならば、ということで引き受けていただいた。事務局は2005年1月に正式に千里インターナショナルに移転した。

この間、ニュースレターを通じて会長より付けで会員の方々に「お詫びとカンパのお願い」のお知らせを行ったところ、約130名に及ぶ多くの会員の方からご入金をいただき、募金は145万5千円に達した(◆MiuMiu◆ 2021AW キルティング MIUSASSY ハンドバッグ ロゴ【GUCCI】クリスタル付き ダブルG キー ブレスレット

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また、同じ時期である2009年に広報担当の萩原義久理事を中心に蛋白質科学アーカイブ活動が開始された。蛋白質科学会構成員がもつ専門知識を広く一般に公開するため、オンラインジャーナル形式でプロトコール集や総説・講義、オピニオンやエッセイ、さらに新着情報などが集積されている。2015年現在では、月間43,000件のページビューと30,000件近いダウンロードがあり、蛋白質科学分野の幅広い話題を提供する貴重な情報源に成長している。(本項文責 栗栖源嗣)

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2010年頃から、任意団体として活動している中小規模の学協会において、一般社団法人や NPO 法人への移行が検討されるようになった。学会を取り巻く環境としては、2013年から「創薬等支援技術基盤プラットフォーム」が実施されており、学会は一層の発展が期待される状況にあった。任意団体のままでは、会長個人名義で運営資金全額を管理するなど学会運営の規模に見合った形態であるとは言い難い状況になっていた。そうした中で2012年、中村春木会長は法人化 WG を設置し、事務局業務を委託している千里インターナショナル(現在は一般財団法人蛋白質研究奨励会)を交えて、法人化のメリット・デメリットの具体的検討を開始した。慎重審議の結果、学術活動のみならず規模に見合った社会的責任を果たすため、法人格を取得する基本方針を決定した。2013年6月の通常総会において一般社団法人に移行することが承認され、2014年度より一般社団法人日本蛋白質科学会として新たに活動を開始した。法人化に際しては、一般財団法人蛋白質研究奨励会より支援金50万円をご寄付頂き、法人設置のための初期費用に充てさせて頂いた。改めてここに謝意を表する。(本項文責 栗栖源嗣)

附記

附記1

第1回の討論会は「第2回生物科学シンポジウム議題、蛋白質」という名のもとに東京科学博物館講堂で開かれ(1950年7月12〜14日)、主催団体は民科理論生物学研究会と蛋白質研究会となっている。「蛋白質構造討論会」という名称は正式には第2回討論会(、大阪大学理学部)で初めて用いられているが、このときの主催団体は蛋白質研究会と日本化学会近畿支部であった。以後、第10回までは日本化学会(およびその支部)、蛋白質研究会、日本生化学会、高分子学会、大阪大学蛋白質研究所などが単独あるいは合同で主催する形になっている。「蛋白質研究会」なるものがこの討論会発足に重要であったことがうかがえるが、詳細は不明である。第11回〜第14回までは、日本化学会が主催団体となっている。ただし実際には第○回と回数名を付して呼ばれるようになったのは第15回からである。第17回の討論会(1966年11月23〜24日、京都大学薬学部、世話人山科郁男)から名称を「タンパク質構造討論会」と変更した。第49回の討論会は蛋白合同年会(長岡98)として第10回日本蛋白工学会年会と合同開催(1998年9月24〜26日、長岡リリックホール、世話人三井幸雄)、第50回の討論会は蛋白合同年会(横浜99)として第11回日本蛋白工学会年会と合同開催(1999年6月15〜17日、神奈川県民ホール、世話人阿久津秀雄)、第51回の討論会は蛋白合同年会(東京2000)として第12回日本蛋白工学会年会、第7回タンパク質立体構造の構築原理ワークショップと合同開催(2000年6月7〜10日、学習院創立百周年記念会館、世話人三浦謹一郎)の形で行われた。

附記2

日本蛋白工学会は1988年に設立され(初代会長は池原森男氏)、日本のタンパク質工学研究の発展に尽くしてきた。に「日本蛋白質科学会」に改名改組し、実質的に解散した。第1回日本蛋白工学会年会はに東大理学部化学教室講堂で開催されている。日本蛋白工学会の母体として、1985年頃に発足した「蛋白工学研究会」という名称の会合があった(その前身として「蛋白質懇話会」なる研究集会があったという話もある)。大島泰郎氏のエッセイ「蛋白質科学会設立のころ」には、

「1985年ころ次田皓先生の呼びかけで、蛋白工学研究会が発足した。第1回の会合は、に開いている。次田さんは始めるとき千谷晃一さんと相談したと言っているが、比較的少数のサロン風の会合を描いていて、人数を拡げることに消極的だった。この雰囲気は1988年から学会「日本蛋白工学会」(通称 蛋工会)になっても続き、会員数を維持するのに苦労する遠因だったように思う。88年12月に開催された第1回の年会開催時、会員数は188名、年会の参加者は141名だったが、うち34名が非会員だった。「蛋白工学研究会」のサロン風会合は学会成立後も2年くらい続いている。」

と記されている。

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蛋白質工学会は1994年に日本学術会議により4部に所属する学会として承認されたことから、いったん改組改名の形をとり、その後2001年に日本蛋白質科学会に改組改名するまで続いた。

附記3

「蛋白質科学関係の学会組織を検討する委員会」の立ち上げについては、その当時、長岡科学技術大におられた三井幸雄教授(故人)が大変尽力された(これについては、蛋白質科学会アーカイブに収録されている「わが国の蛋白質研究発展の歴史」の阿久津先生の文章を参考下さい)。

蛋白質工学会ニューズレターVo. 13-1(発行)に、三浦謹一郎氏から以下の報告がある(原文のまま)。

○蛋白質科学関係の学会組織を検討する委員会の報告

委員会世話人 三浦謹一郎

従来 蛋白工学会年会と蛋白質構造討論会は独立に開かれてきましたが、両方の会に出席する人も多く、たまたま長岡技科大の三井幸雄氏がそれぞれの会から97年の年会を開くことを要請されたときに三井氏が両方の会を同時に開く合同年会の形式でならと開催を引き受けられました。97年のこの合同年会のときにはこれからこういう方式を続けてみようという機運が強まり、将来は学会組織としても合同を検討してみようという意見も出てきました。長岡の初の合同年会の時にはこの問題について有志が集まり、「蛋白質科学関係の学会組織を検討する委員会」を作ることになり、三井氏の提案で次次回の年会を担当することになった三浦謹一郎が取りまとめをするよう依頼されました。

99年には横浜で阿久津秀雄氏が98年の会と同様な形式で合同年会を開くよう計画されましたが、京大の郷信広氏が主宰される科研費郷重点研究「タンパク質立体構造の構築原理」ワークショップも加わる形で開催されました。三浦が依頼された学会組織検討委員会も蛋白合同年会横浜1999のときにはひろく皆様の御意見を伺う会を開きました。このとき集まられた方々の意見を集約すると、「この3グループの集まりにはかなりオーバーラップがあることを考え、新しい一つの学会を組織する方向に進めてよい」と判断されました。もちろん、「方向としてはよいが、時期尚早ではないか?」という意見もありましたが、2001年を目途に新学会組織を作ることを具体化する要望がかなり多いと判断いたしました。

「学会組織を検討する委員会」はその後検討を進めましたが、3グループが新しい学会を組織するという意見が盛り上がり、2000年に入ってからは委員会メンバーを数名追加して「新学会準備委員会」に切り替えることにいたしました。このような事態になったことは蛋白工学会としてもいろいろな問題があったためです。「蛋白工学」という言葉がかなり狭い領域のことに対象を限定しているように見られるためか、会員数が伸び悩み、学会として学術会議の研究連絡委員会に加入するなどの資格を失うことになりかねない状態になってきているという問題が深刻になっていました。蛋白工学会は名称や中味を検討しなければならない時期にきていたということであります。蛋白質構造討論会は口頭発表のみで1題にかける時間も長く、まとまった話をゆっくり聞くことができるという長所がありましたが、若い人の参加が少なくなってきたという悩みがありました。一方、「タンパク質立体構造の構築原理」グループは郷重点のときから新しいメディアを使って情報交換を行うシステムを作り上げ、毎年開くワークショップでは多数のポスター発表を引き受けしかもグループ以外の人にも広く門戸を開放しているということが若い人達を惹きつけてワークショップのときには多数の人が参加するようになっていました。重点研究が終了してからも「タンパク質の立体構造構築原理研究会」という形でワークショップや情報交換を続けることになりましたが、安定した運営方法を望む状態でありました。

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新学会設立の方針は今年度合同年会のときに(3日目)公表し、設立総会は2001年に月原冨武氏が世話人となって大阪で開催が予定されている蛋白合同年会の前日に大阪で行い、蛋白合同年会は新学会の第1回年会として開くということにしました。2001年に第1回年会をすれば年会の回数は21世紀の年と同調することになります。

「蛋白質科学関係の学会組織を検討する委員会」は「蛋白質科学新学会準備委員会」に移行しましたが、2000年4月までの状況の概要を述べました。現在の準備委員会の名簿を以下に記します。とくに御意見がある方はこの名簿の内の一人にご連絡下さい。

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附記4

文部科学省科学研究費補助金重点領域研究「タンパク質の立体構造構築原理」の活動(本附記の文責:桑島邦博、油谷克英)

(1)重点領域研究「タンパク質立体構造の構築原理」の活動

【SALE!】MICHAEL KORS◆スモール ロゴ コイン キーチェーン[THE NORTH FACE] ★韓国大人気★M'S STUNNING JOGGERが1994年12月に名古屋で開かれた。1995年度から4年間実施された本重点領域研究の参加者数は、初年度51名(計画班員15名、公募班員30名、班友6名)であった。当初、班員間の情報交換のため電子メールによるニュースレターが発行されたが、1996年6月より、重点領域に関わりなく一般の研究者の参加を求め、PRC(Protein Research Communication)という電子メールサービスとなった。ニュースレターの発行数は、98年には66号を数え、ニュースレターを受け取っている会員数は600数十名に達した。このメールサービスは日本蛋白質科学会に引き継がれている。第2回から第5回まで「タンパク質立体構造の構築原理」公開ワークショップが毎年12月に開かれ、その招待講演のプログラムは別表の通りである(フェンディ レザー長財布 全4色* * 新作ポロラルフローレン ポロベアフリースパーカー【SOPHIE BUHAI】スターリングシルバー リッジフープピアスMoncler**CHARPAL Down Jacket**12-14Y**大人可大人気◆THE NORTH FACE◆デナリ2パネル フリースジャケット)。本重点領域研究は、わが国のこの分野の研究の活性化に大きな寄与をしたと思われる。公開ワークショップには、400人を超える参加者があり、200件を超える一般ポスター発表が行われ、特に多くの若手研究者が生き生きと発表、議論に参加していた。外国からの招待講演者もわが国のこの分野の研究がきわめて活発であることに強い印象を受けたようであった。また、本重点領域研究と密接な関係にある学会である生物物理学会の関連分野の発表件数を調べると、1993年の蛋白質(構造、物性など)関係の発表件数は114件であったが1998年の秋には、226件に倍増した。わが国で、この分野が急速に発展していたことを示している。そこには、潜在的な学術的な要請があったことは当然であるが、本重点領域研究の役割も大きかったと思われる。

(2)「タンパク質立体構造の構築原理」研究会の発足

重点領域研究(1998年度より特定領域研究)「タンパク質立体構造の構築原理」が最終年度を終えようとしている時期に(1999年1月)、日本の蛋白質科学の発展のためには、本重点領域研究が関わってきた physics-minded research が蛋白質研究の一部として不可欠であり、将来の「蛋白質科学会」においても重要な一分野であることを主張することが重要であるとの認識に至り、「タンパク質立体構造の構築原理」研究会が発足した。その詳細な経緯、規約等は PRC ニュースレター No. 99.02(号)に載っている。また、一般に向けて、Dior ★カーフスキン カードケース/ミニ財布★Blackもに神戸国際会議場で開かれ、定員700名の会場に703名の参加者があった。

附記5

蛋白質工学会ニューズレターVo. 13-2(発行)に、2000年の合同年会に関して、三浦謹一郎氏から以下の報告がある(一部のみ抜粋、原文のまま)。

この蛋白質科学関係の3グループが合同年会を契機に組織としても一つになって新学会を結成しようという動きについてはすでに新学会準備委員会からの報告としてこの3グループには伝えられ、今回の合同年会の会期中にそれぞれのグループで新学会移行が確認された。これを受けて合同年会第3日夕刻、懇親会の前に特別の時間を設けて準備委員会の世話人から新学会設立の説明を行ない、参会者の協力を要請した。

新学会の名称は「日本蛋白質科学会」とし、近く発起人を募り、新学会設立を実行に移し、2001年5〜6月に大阪で開かれる新学会第1回年会の前日に設立総会と設立記念行事を行うことが報告された。  本年会の実施に当り、多数の方の御協力をいただき無事終了することができた。この場を拝借して御協力いただいた方々に感謝の意を表したい。また、来年度は新しい組織のもとに蛋白質科学の集会がスタートし、成功することを祈りたい。

そして蛋白質工学会ニューズレター Vo. 13-4(発行)に、蛋白合同年会東京2000での申し合わせに従って、日本蛋白質科学会第1回年会開催の告知が載った。蛋白質工学会ニューズレター Vo. 14-1(発行)には、歴代の日本蛋白工学会会長(池原森男、次田晧、千谷晃一の各氏)による新学会設立に向けての小文と、最後の日本蛋白工学会会長となった大島泰郎氏による以下の挨拶文がある(原文のまま)。

○最後の会長を引き受けて

大島泰郎

偉大な創始者から数えて、3代目で身上をつぶすという諺?があるが、私は3代目ではないものの、会長役を引き受ける時点では幕引きを演ずるとは思わなかった。というより、もし幕引き役まで事態が進行すれば万々歳だが、そう望み通りにはいくまいという気持ちであった。

日本蛋白工学会と長い伝統を持つタンパク質構造討論会を合同して日本のタンパク質科学の研究者をまとめた組織を作る考えは本学会が創設された直後から語られてきた。しかし、一般に二つの学会組織を合同させることに成功した例は少なく、かなりの時間をかけた根回しが必要というのが大方の見方であった。

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事態が急進展したのは、いくつかの要因があったのであろう。新興の重点領域研究「タンパク質立体構造の構築原理」の開催する研究会に若い研究者が詰めかけ、学会をしのぐ盛況ぶりとなったことから来る両学会の危機感や、期限の来る重点領域研究に代わってこの若い研究者の熱意を吸収する受け皿とならなければと云う使命感が大きな要因に違いない。故三井先生、その後の合同年会を引き受けた阿久津先生、さらにとりまとめの大役を務められた三浦先生の真摯な努力も勿論である。

多少我田引水と映るかもしれないが、それに加えて日本蛋白工学会が、小さな規模ながら学術会議の登録学会として活動していたことや、これまたかぼそいながらも新学会創設のための集会などを支えるに足る財政基盤を持っていたことも大同団結の下支えとなったことを指摘した。これらはいずれも、これまでの会長が残された遺産である。幕引きの3代目らしく、私はこの遺産の上に座っていただけである。

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そして、同じ蛋白質工学会ニューズレター Vo. 14-1に、蛋白質工学会会長の大島泰郎氏による日本蛋白工学会解散の告知文がある(原文のまま)。

○最後の、そして「重要」なお知らせです!

かねてからお知らせしていましたが、から日本蛋白工学会は改名改組し新学会{日本蛋白質科学会}に移行いたします。これは実質的には本学会を解散し、新学会を立ち上げるものですが、公式な手続きとしては本学会が改名する形を取り、その旨を日本学術会議に届け出いたします。こうすることで、例えば本学会から日本学術会議に科学研究費の審査員候補者を推薦することが継続して出来ることになります。新規に結成された学会の場合は、少なくとも3年間は学術会議に登録できず、一人前の学協会として扱われません。

日本蛋白工学会の会員諸氏に対しては、この機会に継続して新学会「日本蛋白質科学会」の会員として登録するかどうかを伺います。本学会理事会としては会員を継続されることを強く望みます。今後も継続して新学会「日本蛋白質科学会」の会員として活動を希望される場合は、何の連絡も必要ありません。会費や会計年度も従来通りですので、このまま新学会の会員に登録されます。連絡先や所属が変更されている場合はその旨ご連絡下さい。なお、新学会の事務は学会センターが担当いたしますが、事務の移転が完了したときに、改めてご連絡いたしますので、それまでは従来通り現在の事務局宛にご連絡ください。この機会に退会を希望される方は、その旨ご連絡下さい。付けをもって退会の手続きをいたします。

日本蛋白工学会は、1988年にそれまで「蛋白工学研究会」という名称で会合をもっていた組織をベースに設立され、12年余にわたりタンパク質工学の研究の発展に尽くしてきました。特に、神戸において国際会議を開催するなど、我が国のこの分野の研究活動の活性化に相当な貢献をしてきたと思います。最近は、日本蛋白工学会の年会の参加者が、会員の総数の2倍にも当たるという他に例を見ない活発な、また寛容な学会でした。この間に、大型の文部省科学研究費重点研究「タンパク質立体構造の構築原理」が成立するなど研究環境もまた学問の潮流も変化してきました。学会のパートナー的な存在であった「蛋白工学研究所」も期限が来て改組し、名称は消えてしまいました。 新学会への移行は、潮時という感じもあります。  ニューズレターもこの号を最後に、新学会のニューズレターに引継ぎをいたします。最終号となる紙面を借りて、学会運営に対するこれまでの会員諸氏の御協力に感謝いたします。


日本蛋白工学会 理事会
同 会長 大島泰郎

附記6

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「日本蛋白質科学会設立準備委員会」は2000年6月の合同年会の頃から、蛋白質科学会の発足に向けて、具体的な活動を開始した。同ホームページには、発起人リスト、日本蛋白質科学会設立趣意書(2000年8月)、蛋白質科学関係の学会組織を検討する委員会の報告(2000年4月)、学会会則(案)、細則(案)、設立準備委員会の名簿、などが掲載された。

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全面的に加筆・修正しました。
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